「蚊絶やし」の名前で日本国内でも有名な外来生物カダヤシ。
メダカの近縁種でもあるカダヤシ目の仲間に絶滅した生き物が存在するのをご存知ですか。
名前を「アッシュメドウズキリフィッシュ」と言います。
この魚はかつてアメリカ合衆国内のごく限定された地域にのみ生息していました。
皮肉な対比ですが、国内でカダヤシが他の在来魚類の生息域を圧迫したのと同様に、このアッシュメドウズキリフィッシュもまた人為的に移入された外来生物群により20世紀初頭にはその数を急速に減らします。
そしてついには約70年前の1948年に絶滅に追い込まれてしまったのです。
「アッシュメドウズキリフィッシュ」とは
全長5〜6cmの小型魚です。
カダヤシ目のEmpetrichthyinae亜科Empetrichthys 属に分類されます。この亜科は2属4種から構成されますが、絶滅種はアッシュメドウズキリフィッシュただ1種です。
1891年に行われた大規模な生態学的調査「デスバレー遠征」で初めて発見され新種として報告されています。
この調査の主催者である動物学者クリントン・ハート・メリアムにちなんでEmpetrichthys merriamiという学名が付きました。
本種の最大の特徴は腹ビレの完全消失と異様な太さの胴体です。
頭部と胴体がずんぐりとし尾部の発達が乏しく、一般的な魚のそれとは大きな差異が見られます。
これらの形体的特徴から遊泳能力が乏しい底生魚だったという報告もあるほどです。
雌雄差を外観から見分けるのは難しく、解剖して始めて分かるほどでした。
その腸管の短さから食性は動物食の強い雑食性であったと推測されています。
また限られた生息域にも拘らず深い水深を好み、当時の記録では捕獲困難との所見も綴られています。
「アッシュメドウズキリフィッシュ」の分布・生息地
アメリカ合衆国のカリフォルニア州からネバダ州間に位置するデスバレー渓谷内、そこに湧き出る泉に限定的に分布していました。
デスバレーは北米大陸で最も低い海抜を持ち、最低値は−86mに位置します。
アッシュメドウズキリフィッシュは、そのデスバレー渓谷内に数多くある水深約10m最大直径が約15.2mの湧き出る泉に生息していました。
この泉は「ディープスプリング」「アッシメドウズ」と呼ばれています。
アッシュメドウズキリフィッシュはこれらの水域に依存する完全固有種です。
硫黄の臭いが漂い、水の色は石灰層由来の白色という過酷な環境下においても、その生息が確認されています。
デスバレー周辺は活火山地帯であり池は摂氏20℃を保ち続けています。
周辺などは砂漠も点在し、ごく限られた環境にのみ特化した珍しい魚種であったと英論文に記されています。
「アッシュメドウズキリフィッシュ」の絶滅した原因
その様な環境でも90年代初頭から徐々に人が移住を始めます。
人間の移住と共に持ちこまれた食用ウシガエル、そしてその餌のアメリカザリガニが主な絶滅の起因となりました。
元々生息域が限られており個体数もさほど多くない上に、その環境下からアッシュメドウズキリフィッシュの天敵はほぼ皆無でした。
ただこれらの外来種はデスバレーの過酷な生息環境に適応してしまいます。
その結果、卵や稚魚はアメリカザリガニの餌として、成魚はウシガエルに捕食され食べ尽くされてしまいます。
その結果1900年から急速に減少し、ついには1948年に完全絶滅が宣告されてしてしまいます。
「アッシュメドウズキリフィッシュ」の生き残りの可能性
同属のキリフィッシュは人的移殖によりその災難を逃れています。
ただアッシュメドウズキリフィッシュの減少は余りにも急速で保護が追いつきませんでした。
1948年に採取された最後の標本を頼りに、1950年以降何度も生き残りを探す調査が行われます。
1990年に「アッシュメドウズの絶滅危惧種および絶滅種の回復調査」が行われます。
これが事実上の最終調査でした。
ですが、元々ディープスプリングの名の示す通り、湧水由来の泉が彼らの住処です。
他の河川の流入出も乏しく、デスバレー周辺ではついにその個体を見つけることは出来ませんでした。
残念ながら2017年度に発表されたレッドリストには絶滅を示す“EX”にカテゴライズされており、地球上からは完全に姿を消したと言わざるを得ません。