黒い体に白い模様のある飛べない鳥、ペンギン。
フンボルトペンギンにマゼランペンギン、キングペンギンなど様々な種類がいて、二本の足でヨチヨチと歩く姿は動物園や水族館でも人気者ですよね。
実は彼らよりも先に『ペンギン』と呼ばれる生物がいたことはご存じですか?
オオウミガラス、という海鳥です。
名前を聞いたこともない方もいるかもしれません。
何故ならオオウミガラスは今から180年前に絶滅してしまっているからです。
今では赤道付近の島を除くと南半球にしか生息していないペンギンですが、オオウミガラスは北極圏周辺に生息するペンギンでした。
今回は、そんな真のペンギンともいえるオオウミガラスについてご紹介していきます。
オオウミガラスとは?
オオウミガラスはチドリ目ウミスズメ科の海鳥です。
ウミスズメの仲間の中では体格も大きく、翼が15〜20センチメートルと極端に短いため、海鳥とは言っても飛ぶことはできませんでした。
そんなところも現在のペンギンとよく似ています。
ペンギンの由来
学名は『 Pinguinus impennis 』で、このPinguins(ピンギヌス)=ペンギンのことです。
オオウミガラスは8世紀ごろにはすでに捕獲されていたと記録が残っているほど、ヨーロッパの人にとっては身近な生き物でした。
そのため、15世紀にヨーロッパの人が南極でオオウミガラスに似たような生き物を発見すると、これを『南極のペンギン』と呼ぶようになったといいます。
オオウミガラスが絶滅し、南極のペンギンは『ペンギン』となります。
これが現在のペンギンの由来と言われています。
つまりオオウミガラスこそが本来はペンギンと呼ばれる生き物だったのです。
Pinguinsの語源には諸説ありますが、有名なものだと、ラテン語の「Pinguis(太い)」から来たのではないかという説があります。
海鳥にしては大きく、北極圏の寒さの中でも生きていけるように分厚い脂肪を蓄えていたので太っちょに見えたというのもなんとなく頷けますね(少し失礼なような気もしますが…)。
他にも、イングランド人で初めて世界一周を成し遂げたフランシス・ドレークが、1578年の航海日記にて「ウェールズ人のクルーがオオウミガラスを古代ケルト語で「Pen-gwyn(白い頭)」と呼んでいた」と記しています。
オオウミガラスは鼻と目の間に白い大きな斑点模様があったため、そう呼ばれていたのではないかと思われます。
体形
体長80センチメートル、体重5キロの大型の海鳥です。
背側が黒、腹側が白い羽毛に覆われ、黒いくちばしから目の間に1つ白い大きな斑点模様がありました。
水かきのついた黒い脚は短く尻尾の近くにあり、陸上では直立姿勢で立っていました。
陸上ではペンギン同様ヨチヨチと少し不器用に歩いていたそうです。
同じウミスズメ科のオオハシウミガラスとは姿形が良く似ていますが、オオウミガラスの方がくちばしに模様がなく形も少しスマートという点が違います。
翼の形は現在のペンギンよりも鳥に近い見た目ですが、長さが15〜20センチメートル程と大きな体格に比べ非常に短いです。
羽毛はありますが短く、潜水に特化したものでした。
ウミスズメ科の他の海鳥は潜水も飛行も可能ですが、その中でもオオウミガラスだけは空を飛ぶことができませんでした。
生活
大半を海の中に潜り餌をとって暮らしていました。
陸上での歩行は不得意でしたが、ひとたび海に潜れば短い羽と水かきのついた足で泳ぎ回ります。
一年に一度、換羽期があり、冬用の羽が抜け夏羽に換わります。
オオウミガラスは6月に繁殖期を迎えます。
一夫一妻制で島の急峻な崖に卵を産み、夫婦交代で抱卵します。
メスが産む卵の数は一度につき1つのみで、1か月半ほどで卵から孵ります。
卵は一方が窄まった洋ナシ型の崖から落ちにくい形をしており、同じ形をとる他のウミスズメ科の海鳥の卵と比べ殻の柄が特徴的でした。
また、オオウミガラスの大きさに比例して卵の大きさも長さ13センチメートル、重さ400グラムと大きかったそうです。
ペンギンなどと同じくコロニーを形成して生活していたオオウミガラスは、親子間の絆も強かったといわれています。
一説には親鳥がまだ泳ぎの上手くない雛を背中に乗せ、餌の取れるポイントまで運んであげた姿も見られたとか。
進化の過程で卵を一つしか産まなくなったオオウミガラスは、たった一匹の子どもを大切に育てることが習性となっていたのかもしれません。
食事
主な食べ物は魚やイカ類です。
くちばしの先端は下方向に湾曲し獲物を捕らえやすくなっていました。
地上ではヨチヨチ歩きのオオウミガラスですが、一度海に入ればとても早く泳げました。
そんなところもペンギンによく似ていますね。
一説には最大で90メートルの深さまで潜り、15分ほど息を止めたまま狩りをすることもできたと言われています。
南極のペンギンと同じ!?
オオウミガラスは現在のペンギンと見た目も行動もとても似ていますよね。
しかしオオウミガラスと、現在ペンギンと呼ばれる種は全く別の生物であることがわかっています。
オオウミガラスはチドリ目ウミスズメ科でエトピリカやハシブトウミガラスと同じ種類です。
一方でペンギンはペンギン目ペンギン科に属しており、ペンギン19種だけで分類されています。
同じ鳥類というだけで、全く別の種に属しているオオウミガラスとペンギン。
北極と南極という対極の地域に生息する生物が似たような生態をしているのはなんだか不思議な話です。
これを収斂進化といって、同じような環境下に置かれると似たような形に進化していくためであると考えられています。
オオウミガラスの分布・生息地
オオウミガラスは北大西洋から北極海にかけて生息していました。
ペンギンの名称の由来が複数あるように、昔は北大西洋や北極海の広い範囲に生息している人間にとって身近な生物でした。
オオウミガラスはこうして絶滅した
オオウミガラスは肉も卵も非常に美味しかったとされ、寒い所に棲む彼らからは脂や羽毛も良質な物が取れました。
8世紀ごろにはすでに狩猟が行われていましたが、数百万羽いたとされていることからも数を大きく減らすことはありませんでした。
しかし15世紀中期に大航海時代になると、途端に個体数が減り始めます。
元々オオウミガラスは巨体だったので生息地に敵になる生物があまりいません。
そのため警戒心はあまりなく、寧ろ人に興味を持ち近づいて行ってしまう個体もいるほどでした。
容易に狩れるオオウミガラスは、人々の恰好の獲物になりました。
1534年にフランス人探検家ジャック・カルティエ達は、カナダ東海岸にあるニューファンドランド島で1日に1,000羽を超えるオオウミガラスを殺したそうです。
この話が広まり、たちまち各地の海岸ではオオウミガラスとその卵狩りが始まりました。
いくら個体数が多いとは言え、1度の繁殖期に1つの卵しか産めないオオウミガラスは急速に数を減らしていきます。
1800年代の始めにはアイスランド沖のウミガラス岩礁のみが唯一の生息地となっていました。
幸いなことにウミガラス岩礁は周囲を崖に囲まれた過酷な地形をしていたため、人が近寄ることはできません。
細々とではありますが確実にオオウミガラス達は子孫を増やし続けていました。
しかし、1830年にこの地域で海底火山の噴火が起こり、ウミガラス岩礁は海に沈んでしまいます。
この悲劇から、50羽ほどは近くのエリデイ島という岩の島へ逃げて生き延びます。
しかしエリデイ島は岩が海中から出ているだけの島だったので、人間は容易く近づくことができました。
残っていたオオウミガラス達も次々と狩猟者に狩られてしまいました。
この頃にはすでに絶滅寸前だということは知られていましたが、そのことにより価値が跳ね上がり、コレクターや博物館に高値で取引されるようになります。
狩猟者達がこれに目をつけないわけはありませんでした。
1844年6月(7月という記録もあり)に2匹のオオウミガラスが発見されます。
この時抱卵中だったつがいが最後の個体でした。
一攫千金を狙った3人の狩猟者に、オスは棍棒で殺されてしまいます。
メスは卵を守ろうと必死で抵抗しますが絞め殺されてしまい、その騒動の最中に卵も割れてしまいました。
男たちがこの卵を岩礁に投げつけたのを最後に、地球上からオオウミガラスは姿を消してしまいました。
オオウミガラスの生存の可能性は?
1844年以降も似たような生物を見たとの情報は上がっており、1852年にニューファンドランド島での目撃証言があったようです。
しかしそのどれもが確実なものではなさそうです。
最近のことでは、大きな鳥の卵の殻が発見されたというフェロー諸島でオオウミガラスを探索するという番組が放送されています。
番組内では生物学者・探検家のフォレスト・ガランテという人が、実際に大型の黒い鳥のつがいが海に飛び込むのを見たと言っています。
つがいの正体は結局分からず仕舞いで「オオウミガラスは地球上からいなくなってしまった」と番組内ではナレーションされています。
かつては何百万羽といた真のペンギン、オオウミガラス。
もし生存していたのなら、その姿を一目見てみたいと思わずにはいられません。