オオサンショウウオは有尾目オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属に分類される有尾類です。大分類は両生類で、カエルやイモリなどと同じ仲間となります。
古くから日本人に親しまれており、魯山人がその味を絶賛した逸話や、井伏鱒二の「山椒魚」の主人公としても有名です。
国の特別天然記念物に指定されており、各自治体の許可がなければ飼育や捕獲はもちろんのこと、触れる事さえ違法行為になります。
陸地には滅多に上がることのない完全水生種で、夜行性ということもあり、滅多にその姿を人前にはさらしません。
今回は日本が誇る、この奇妙な両生類「オオサンショウウオ」をご紹介します。
「オオサンショウウオ」とは
イモリやサンショウウオの仲間は両生類のなかでも「尾部」を持つので「有尾類」と呼ばれます。補足ですが他の両生類はカエルに代表される「無尾類」そして一見ミミズのような熱帯地方に生息するアシナシイモリの仲間の「無尾類」この3種類で構成されています。
オオサンショウウオは有尾類の中でも別格の生き物です。他の有尾類は10~15cm前後の小型・中型種が多く最大でも30㎝ほどですが、オオサンショウウオは最大150cmにもなり体重も45㎏まで達します。
信頼できる情報では、2002年に死亡した広島県産の150.5cmの個体が公式記録上の最大値です。この個体は“安佐動物公園”の動物科学館に標本展示されており、来園者は自由に見ることができます。
その寿命は飼育下では50~70年に及ぶとも言われています。ただ野生種の寿命調査はあまり進んではいないのが現状です。
本種はチュウゴクオオサンショウウオと並び世界最大の両生類です。
約3500万年前の地層から全く姿形の変わらない化石が発見されており、生きた化石とも呼ばれています。
食性は完全な肉食性であり、主に清流に住むサワガニや山魚を主食としています。動くものにはなんにでも食らい付き、過去の調査ではモグラやヘビ・亀やネズミ、そして他のオオサンショウウオですら胃の内容物から見つかっています。
生態は完全な夜行性です。視力はかなり弱く目の前の獲物や明暗をかろうじて判別できる程度です。昼間は河川内の岩の隙間などをねぐらにしています。
特徴的なのはガッシリとした太く短い指と、たるみの多い皮膚です。
この指は苔などの滑りやすい岩肌を移動するのに適しており、たるみのある皮膚は鋭い岩や流木などで傷を負わないようなクッションの役目を担います。
またアダルト個体の肺呼吸を補う、皮膚呼吸の役目も行います。
身の危険を感じると体表から白い粘ついた液を背中一面に分泌します。
この分泌物は非常に生臭く、触れるとまるで接着剤のように強固に張り付き、外敵の動きを制御します。
ただオオサンショウウオの成体自体が頂点捕食者なので、若い個体や仲間内での争いごとの際に用いられると言う説が有力です。
その産卵形態はかなり独特です。繁殖には専用の巣穴と年間を通しての温度変化が重要となります。オオサンショウウオの住む河川は冬になると最低水温3~4℃、時には氷点下まで落ちることもあります。
ただ、この時期を経験しないと、産卵・繁殖期に必要なホルモンが分泌されないのです。
繁殖期は8~9月頃になります。この時期になると、雄は卵の成長に適した新鮮な水が流れ込む巣穴を探し出し、そこに居座る「ヌシ」となります。そこで雌個体を待ち続けます。
やって来た雌が巣穴を気に入ると数珠状の卵を産卵します。オスが放精した後は、幼生が孵化をするまで卵を守り続けます。
産卵数は400~500個ほどで、約50日後に孵化に至ります。
幼生の間は外鰓(がいさい)と呼ばれるウーパールーパーのようなフサフサの鰓を持ち、水中呼吸のみ行います。
大体の有尾類は数カ月程度で外鰓が吸収され、肺呼吸に切り替わるのですが、オオサンショウウオはその期間が4~5年とかなりの長さで、孵化直後3cm程度だった幼生は20㎝までに育った上で、初めて肺呼吸に切り替わるのです。
その後の成長速度は非常に緩やかで、年に1㎝程度とも言われています。
このためオオサンショウウオの性成熟にはかなりの時間が必要です。
世界で唯一継続的な繁殖実績がある“広島市安佐動物公園”では、飼育下繁殖の個体が16歳9ヶ月で産卵に成功したという記録があります。ほぼ人間と同様の成熟過程の様です。
「オオサンショウウオ」の分布・生息地
オオサンショウウオは標高400~1000mほどの山岳地帯、そこに流れる沢や清流の淀んだ部分が主な生息地となります。
全国的には、岐阜県以西の本州・四国・九州地方が主な分布域です。
ただ人為的な移入により、2021年現在は北海道・沖縄を除く全国での発見例が相次いでいるのが現状です。
ごく稀に河川の中流・下流域で発見されることもあり、水田などの用水路などに住みついていた例もあります。
低い水温を好み、夏場でも20数℃を下回るような冷涼な水域がその生息域です。
時には、海水域近くの河口や都市部の公園内の池での発見例もあるのですが、その様な個体は大抵、台風などで上流域から流されてしまったものです。
過去には東京都の皇居のお堀で釣り上げられたという事例があり、紙上やメディア上で騒がれましたが、この個体は後に中国生息の別種「チュウゴクオオサンショウウオ」であることが分かっています。
この様に各所で発見報告が挙がるオオサンショウウオですが、基本的には山岳地帯の清流域、もしくは麓の中流域が主な生息域です。水温が極端に低く、綺麗な水質が保たれ続けている河川に個体数が集中する傾向があり、環境指標生物としての役割も持つのです。
群体は作らず、繁殖期ですら単独行動を取ります。
昼間は奥行きが最大3mもある土手や川岸の横穴・岩の隙間などを住処としています。
夜間は餌を求め活発に徘徊し、動きのある生き物に片端から食らいつく貪欲さを発揮します。
夜が明けるころには巣穴に戻り、次の夜までジッと身を潜めるのです。
近年は1970年ごろに、中国から食用として輸入された「チュウゴクオオサンショウウオ」
と生息地が重なることがあり、大きな問題となっています。
「オオサンショウウオ」が絶滅危惧種となった理由
まずオオサンショウウオのIUCNレッドリスト、通称ワシントン条約の位置づけから見て行きましょう。
国際的な保全状況評価は以外にも、下位から2番目の「絶滅低危険種」NTに位置づけられています。
日本国内の環境省レッドリストに於いては、国際的見解とやや相違が見られます。こちらは下位から3番目の「準絶滅危惧種」VUに位置づけられており、必ずしも早急の絶滅には繋がらないというのが、国内での認識です。
しかし、そもそも論ですがオオサンショウウオの調査は、他の準絶滅危惧種・絶滅危惧種ほど本腰を入れての取り組みがなされておらず、国内総個体数など様々な点が不明瞭です。
特別天然記念物ということもあり「種の保存法」「文化財保護法」「ワシントン条約」で厳重に保護されているのが逆に仇となっている部分もあります。
現状、法的な変更許可手続きなどが非常に煩雑化しており、その調査にも二の足を踏むなど、充分な調査の弊害になっている側面もあるのです。
オオサンショウウオにとって一番致命的なのは、生息河川の護岸工事等の治水事業です。コンクリート張りになった護岸では、巣穴がなくなり繁殖ができず個体数は先細りになります。
成体はかなり丈夫なので生き残る可能性はありますが、そもそも彼らは河川内では頂点捕食者です。
餌となる小動物や魚類が減れば、必然的にオオサンショウウオも姿を消すことでしょう。
堤防や水門などもオオサンショウウオにとっては鬼門となります。
オオサンショウウオは住処が気に入らなかったり、繁殖期などには河川の上流域に向かう傾向があります。
水を堰き止めるような直角の堤防・水門は到底乗り越えられません。
その様な理由から個体数は減りつつあると推測されています。
そして近年大きな問題になっているのが、「ハイブリッド個体」と呼ばれる雑種による、国産純血種の減少問題です。
1970年ごろ、食用として日本は中国から大量の「チュウゴクオオサンショウウオ」を輸入しています。
ウシガエル同様日本人の舌には馴染まず、各業者は野外に遺棄してしまいました。
チュウゴクオオサンショウウオとオオサンショウウオは完全な同属で染色体数も同一のため、交配することが可能です。
オオサンショウウオの個体数は維持されている…しかし元いた日本固有種ではない。
その様な遺伝学的観点からも、日本固有の「オオサンショウウオ」は絶滅に瀕しているのです。
「オオサンショウウオ」の保護の取り組み
基本的に公的な保護活動は、正に絶滅寸前の一歩手前から本格化する傾向があります。この点オオサンショウウオは、その種を維持できる十分な野生個体が現状維持できているという見解が多く、現在進行形の保護・保全活動が即座に行われるのがベストな状況です。
水族館・博物館などの各学術機関・大学・NPO法人などの民間団体を始め、生息地域の地方自治体などの公的機関が、独自な保護活動に積極的に取り組んでいます。
先に述べた護岸工事の際にも、水族館での繁殖データを元に、オオサンショウウオに適した「人工巣穴」の設置、魚道に代表される様な「オオサンショウウオ専用スロープ」の設置など可能な限り改修前の環境に寄せる取り組みが行われています。
昨年11月29日には、オオサンショウウオが最も集中し生息する中国地方の山口県にて「オオサンショウウオの保護活動と地域づくり」をテーマにした環境学習講座が開かれたばかりです。
護岸工事などの際に発見されたオオサンショウウオを、一時保護施設に収容し、元いた河川の上流部などに放流する試みも各所で取られています。
各地の水族館でも独自の研究を継続中で、人工繁殖・継続飼育の成功は各所で報告されています。これらのノウハウが共有できれば、個体数の維持は安泰でしょう。特別天然記念物としてはかなり異例の成功例となっています。
ただ、現在最も深刻な問題が、先に述べた「ハイブリッド個体」です。
特に顕著なのは京都市を流れる鴨川の個体群で、鴨川の日本固有種は既に存在すらしないという見解さえあります。
これらハイブリッド個体はDNA識別を行い、交雑種と分かり次第専用の保護センターに送られています。ですがすでに何百頭もの個体を各センターで抱えており、すでに飽和状態です。
一月にかかる費用は一匹につき概ね10万円、それが数100頭単位で保護されています。施設維持費もままなりません。
このハイブリッド個体ですが、実は国内希少種の対象ではなく殺処分が可能です。
直近の課題としてこの「殺処分」をちらほら見かけることがあります。
確かに純血種を守ることは大切なことです。ですが元を正せば日本人が自分の都合で持ち込んだ「チュウゴクサンショウウオ」がこの問題の根底にあります。
チュウゴクサンショウウオ自体もレッドリストの準絶滅危惧種であり、この問題を一層複雑にしています。
ハイブリッド種でも貴重なオオサンショウウオという事実は変わりません。
安易な殺処分に変わる、保護施策・保護活動の登場が待たれます。
ハイブリッド個体…その血の半分は、我々が本来保護すべき国産種ということを忘れてはいけません。