絶滅危惧種 PR

【オオムラサキとは】生息地や絶滅危惧に至った原因・保護の取り組みについてのまとめ

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日本が誇る蝶の仲間“オオムラサキ”をご存知ですか。

国内でも有数のサイズを誇る飛翔昆虫で、日本の“国蝶”として幅広く認知されています。

オオムラサキは1863年、今から約160年前に英国の博物学者ウィリアム・ヒューイットソンにより初めてその存在が報告された昆虫です。

ただ当時は別系統として誤報告されていました。

1896年、イギリスの昆虫学者フレデリック・ムーア、そして東京帝国大学の佐々木忠次郎教授により翅脈などの研究がつぶさに行われます。他属と大きく異なるその特徴から「ササキア属」という新属に再分類されます。

この“ササキア”という属名は佐々木教授の名から付けられており、ラテン語で「ササキの」という意味を表し、今では世界共通のオオムラサキの名称になっています。

かつては東京近郊の雑木林にも広く生息していたこの“オオムラサキ”。今となってはその姿を見かけることはできません。

このオオムラサキについて詳しく解説していきたいと思います。

「オオムラサキ」とは

“オオムラサキ”はタテハチョウ科コムラサキ亜科オオムラサキ属(sasakia)に分類される蝶の仲間です。

この蝶が特に注目を集める点は、その形態学的特徴と生態の特異性にあるのでしょう。

オオムラサキは漢字で表記すると「大紫」、その鮮やかな紫色の翅色とタテハチョウの仲間では最大級の大きさであることから、古くから昆虫マニアの垂涎の的となっています。

紫色の翅色を持つのはほぼオスのみで、オスより一回りほど大きいメスは茶褐色の翅色を持つものが大半です。

前翅の長さ(胸部から生えている2対の翅のうち頭部向き前方にある1対の翅)は成虫で最大50~55mmになり、飛翔を主とする国内昆虫の中ではひときわ目を引く大きさになります。

オスの翅の表面の紫部分は光沢をもち、その大きさからかなりの存在感を持ちます。国内における地域変異もかなり顕著であり、その昔は分類学上でかなりの論議を呼びました。

変わった特徴としては、昆虫にはよく見られますが、人間においては「半陰陽」と呼称される…いわゆる“雌雄嵌合体”の確認例が挙がります。

こういった個体は性染色体がトリソミー(通常2対の染色体が突然変異により3対になってしまうことを指します)であり、繁殖能力の喪失・雌雄両方の顕著な特徴、そして貴重な学術標本として重宝されます。

その生態は蝶という、昆虫界では比較的下位捕食者に甘んじているそれとは大きな違いを見せます。

成虫の蝶は通常6~7・8月に蛹から羽化し、クヌギ・コナラ等が生茂る雑木林を生活の舞台にします。

ご存知の通り雑木林は代表的な甲虫「カブトムシ」「クワガタムシ」「カナブン」や、海外で帰化しキラービー(Killer bee)と忌み嫌われるほど獰猛な「オオスズメバチ」が木々の樹液を巡り熾烈な争いを繰り広げる場です。

ところがオオムラサキは他の蝶の仲間と同様に、柔らかい腹部、無防備な頭部、巨大な翅を有する胸部以外には他の昆虫に対しこれといった生存競争の武器は持ち合わせません。

樹液を巡る争いでの一番のアドバンテージは、その強気な性格と前述の5cmを超える巨大な翅を武器とします。

同じ飛翔昆虫であるオオスズメバチを始めとするスズメバチ類に対し、その巨大な翅で果敢にアタックし樹液を独占する姿さえ観察されるほどです。

餌場も特に樹液にこだわらず、洛陽した果実、時には獣糞・腐った果実にさえ群がるほど悪食な面も持ち合わせ、蝶の仲間とは思えないヒエラルキーの高さを生息地では保っているのです。

その飛翔能力は凄まじく、身近で飛んでいるとまるで鳥類のような羽音が聞こえるほどです。その羽音が鳥の羽音であると伝承にある地域もあるほどです。

特にオスの縄張り意識は非常に高く、日の前半・午前中にたっぷりと栄養を蓄えた個体は、午後には蝶にはあまり見られない滑空も行い縄張りのパトロールをします。オス個体のメスへのアピールポイントはその個体が保有している「樹液場」で、その縄張りを見極めメスはオス個体をパートナーとして選別します。

成虫の寿命は孵化後わずか1~2カ月ほどであり、その間にメスは少しでも強いオスを選別する必要があるのです。

メスは夏場の間に「エノキ」の木の葉にのみ産卵をします。

成虫の餌は多岐に渡りますが、幼虫が食樹できるのはエノキのみなのです。

メスはその葉に1卵ずつ卵を産みつけ、幼虫はエノキの葉を食べながら脱皮を繰り返し6令幼虫まで成長します。

葉が落ちる冬季にはその体色が茶褐色の保護色となり、落ち葉の下でジッと冬眠をするという、一風変わった幼虫状態での冬眠を行います。

オオムラサキは1956年に75円切手の草案に採用されています。これを機に「日本昆虫学会」は翌1957年にオオムラサキを日本の国蝶に指定しています。

「オオムラサキ」の分布・生息地

オオムラサキは沖縄県を除く、北海道・本州・四国・九州に広く分布しています。

後述しますが高度経済成長期やバブル期の道路拡張・宅地開発により、全国各地の雑木林が次々と伐採されたことにより、地域ごとの偏りが顕著になっていおり局地的に見られることがほとんどとなりました。

南限は宮崎県野尻町、西限は鹿児島県出水市、北限地は北海道札幌市浜益村であり、ほぼ国土全域に生息していると言っても過言ではありません。

国外では朝鮮半島・中国・ベトナム・台湾と東アジアを軸に分布しており、必ずしも日本固有種という訳ではありません。

オオムラサキが現在日本国内で最も容易に観ることができる場所が、山梨県北杜市にある「長坂町」と言われています。

長坂町では伝統的に炭焼きが盛んに行われており、炭の原料となるクヌギなどがうっそうと茂る雑木林が必然的に保全されています。

この様な雑木林はオオムラサキの成虫が暮らすにはうってつけの場所となるのです。

また山岳地帯も多く、長坂町に隣接する「八ヶ丘高原」は沢や泉など水辺やその流れが豊富にあり、その様な環境を好んで生茂るエノキが多く生えていることもオオムラサキに取り格好の環境状態となっています。

既に述べた通り、オオムラサキの幼虫はエノキの葉のみ食樹します。加えてこの地では、冬期は適度に降雪し乾燥が保たれるので、越冬中の幼虫などに寄生バチやカビ等の生命を脅かす外敵が生息しにくい環境下ということも挙げられます。

こういった要因から長坂町を中心とした山梨県が、最もオオムラサキが現存している地域と言われているのです。

その他全国各地の開発が困難な丘陵地帯・山岳部周辺の雑木林などに生息が確認されています。

残念ながら大規模山脈の麓で細々と生き残っているのが現状です。

ただ条件さえ整えば繁殖力やその生命力は凄まじいものがあります。

そのため大量に生息する場所と、かつて生息地だった場所からは完全に姿を消すなど、余りにも両極端な分布下に別れてしまっているのです。

「オオムラサキ」が絶滅危惧種となった理由

オオムラサキの最大の特徴は花の蜜を吸わないということです。成虫は雑木林を好み、その主食は各樹の「樹液」に他なりません。

雑木林だけではなく、幼虫が食樹するエノキが雑木林に成育していることも絶対条件となります。

そのため蝶の仲間としては非常に珍しく、人里ではあまり見かけることはありません。

つまり雑木林の数=オオムラサキの絶対数となります。

前述したように宅地開発・道路拡張などで全国の自然豊かな雑木林は減少傾向にあります。

ただ環境省レッドデータブックにおいて、現状オオムラサキは減少傾向より一歩下のNT(近危急種Near Threatened、日本では準絶滅危惧)に位置づけられています。

これは最大危険の「絶滅」から6段階下の基準となりますが、更に1段階下の低危険種(LC)と比較し、生息地の変化で即座に絶滅危惧Ⅱ類(VU)になり兼ねない黄色信号という意味となります。

実際に首都圏や都市部近くの生息地が消失し全く姿が見られなくなった一方で、山梨県などの個体群などは非常に多く現存しているという現象があります。

前述したとおり、生息地と非生息地の差が両極端となっているのです。

オオムラサキはその生息環境を柔軟に代えられる生き物ではありません。一度バランスが狂ってしまうと、あっという間に姿を消してしまうという訳です。

「オオムラサキ」の保護の取り組み

国内で最もオオムラサキに力を入れている地方自治体が、先立ってご紹介した山梨県北杜市です。

北杜市では地元の有志により、50年以上もの間オオムラサキの保護活動が行われ、子供たちにオオムラサキを軸とした環境保護活動の教育を実施しているほどです。

この地にあるのが1995年に設立された「北杜市オオムラサキセンター」です。

当センターではオオムラサキをはじめ、山梨県下で数を減らしつつあるホンゲンゴロウ・ホタルなどの水生昆虫なども展示しています。

オオムラサキの保護活動を行う団体は全国各地に存在しますが、その名を冠した自然博物館はこのオオムラサキセンターのみです。

当館ではオオムラサキの累代飼育にも成功しており、種の保存を確立しています。加えてオオムラサキが生息できる雑木林などの森づくりの活動も並行して行っています。

その他、かろうじて生息地が残っている各地方自治体などは、独自のレッドデータブックを作成し、公益・任意問わず各種団体が、ここでは紹介しきれないほどの保全活動に取り組んでいるのです。

この様に当面は完全絶滅とはほど遠いオオムラサキですが、その自然下での絶対数が徐々に減少傾向にあるのは環境省の調査から明らかになっています。

特定の条件でのみ生き残れる生物は非常にもろい面があり、その国の自然環境の豊かさを表す「指標生物」となります。

元々東アジアを中心に広く生息するオオムラサキ自体は脆弱な昆虫ではありません。ただ一度自然バランスが崩れると雪崩式に忽然とその姿を消してしまいます。

これからのオオムラサキの保全・保護を行う主軸は、今ある自然環境を維持できるかどうかにかかっています。