「トドは海の生きもの?アザラシの仲間?」
「トドは日本の野生生物?」
「トドは絶滅危惧種なの?」
トドはアシカやオットセイなどと同じく海にすむ哺乳類ですが、何よりもその大きな体が印象的な海獣類です。
秋から春にかけて北海道沿岸にやってくるので、何頭もの巨体が岩の上に折り重なっている群れの映像を見たことがあるかもしれません。
トドは環境省レッドリスト及びIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで、NT(Near Threatened:準絶滅危惧種)とされています。
つまり、現時点での絶滅危険度は小さいですが生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種です。
最後まで読んでいただくと、トドの特徴・生態・生息地・保護活動について広く知ることができますので、ぜひご覧ください。
「トド」とは
トドは哺乳綱食肉目アシカ科トド属に属し、トド属はトド一種のみで構成されています。
日本では秋から春にかけて北海道沿岸で見られ、体長3m・体重1tにも達する巨体は見る者を圧倒するほどで、アシカ科最大の動物です。
その巨体を維持するためには膨大な量の餌が必要であり、漁業者からは迷惑な害獣扱いされてしまうのも無理はありません。
ここでは、トドの外見的な特徴・食性・繁殖などについて解説していきます。
「トド」の特徴
オスは体長2~3m・体重1t以上、メスは体長1.7~2.5m・体重は300kg以下で、雌雄でかなり大きさが異なります。
オスの体は前半部が大きく肥大するのに比べてメスはほっそりしていて、体型も対照的です。
雌雄ともに夏毛は淡い赤茶色・腹面は暗色ですがメスの体色はやや淡く、雌雄とも秋には黄色味を帯びた茶色となり冬には黒茶色になります。
全身の毛が生えかわる換毛期は繁殖期の後で、子どもは7~8月・メスは初秋・オスは晩秋です。
トドの耳には耳たぶのような小さな耳介があり、黒目がちな目をしています。
歯の数はオットセイと同じく臼歯が5対で、セイウチのような牙はありません。
アシカにも似た可愛らしい顔つきで、圧倒的な巨体にも関わらずどこか親しみが感じられます。
「トド」の暮らし
トドは、10月ごろになると流氷の南下と同調するように北海道沿岸に現れ、翌年5月まで見られます。
トドは夜行性で、日中観察できるのは沿岸から比較的近い海域で数頭から数十頭の集団で休息している姿です。
社会性のある生き物で基本的に群れで生活していますが、夜間に採餌する時も集団で行動するのかどうかは分かっていません。
トドの天敵は、サメやシャチです。
体の比重が海水より大きいのでオットセイのように浮いて寝ることは不可能で、休息のためには岩礁に上陸する必要があります。
かつて北海道各地の沿岸には、トドが集団で休息し「トド岩」と呼ばれていた岩礁がいくつもありました。
しかし、過去に徹底的に実施されたトドの駆除の結果、トド岩も現在ではほとんど消滅しています。
私たちが目にするのはトドが岩などの上で休息する姿ですが、水中では機敏に動き好奇心旺盛でダイバーに近寄ることもあるそうです。
海上で数km先まで聞こえるほど鳴き声が大きく、トド同士でコミュニケーションをとっています。
北海道の沿岸で間近に観察できるトドですが、水中での姿は未だ分かっていないことが多い生きものです。
「トド」の食性
トドの餌となるのは、スケトウダラ・ホッケ・ホテイウオなどの魚類やイカ・タコ類で、時にはオットセイやアザラシの子どもを食べることが知られています。
採餌には海岸近くの200mよりも浅い海域を利用し、餌を採るのは夜間です。
胃の中に石が見つかることがあり消化を助けるためともいわれますが、ミズダコなど吸盤をもつ生きものと一緒に吸着された石が飲み込まれたと考えられます。
トドは餌をほとんど噛まずに丸呑みし、見た目のとおり大食漢であるため漁業被害が深刻で、漁業者にとっては悩みの種です。
「トド」の繁殖
トドの繁殖期は5~7月で、オスが15頭前後のメスを囲い込んだハレムを作り、メスはその中で出産・育児を行います。
繁殖期の間オスは食事をしませんが、まずは縄張りを作るために岩礁など繁殖に適した場所を確保しなければなりません。
トドの妊娠期間は1年で、メスは繁殖地に到着してから約3日後に出産し、1度の出産で生まれる子どもは1頭です。
トドの子どもは体長約1m・体重16~23kgで産まれた時の体毛は濃い茶色ですが、最初の換毛後は明るい茶色になります。
出産から約9日後には、母親は1~3日間は海で採餌し1~2日間陸に上がって授乳するというサイクルになります。
母親が海で採餌する時間が長くなると、子どもの離乳が近づいたサインです。
トドの授乳期間は平均1年ですが、最長3年にもなることが知られています。
メスは出産後約11~14日で次の繁殖のために交尾しますが、オスは自分の子どもを残そうと必死なので、赤ちゃんを誤って踏んでしまう事故もゼロではありません。
メスは3~ 8歳・オスは3~ 7歳で成熟しますが、オスが縄張り意識をもつようになるのは9~13歳です。
残念ながら日本は繁殖地ではないため、トドのハーレムや子育ての様子を直接見ることはできません。
「トド」の分布・生息地
トドは北太平洋・ベーリング海・オホーツク海に生息し、アメリカの西海岸からアリューシャン列島・カムチャッカ半島・日本の北海道にかけて分布しています。
トドは、アラスカーアメリカ西海岸に分布する亜種 「東部系群」とロシアー日本に分布する亜種「西部系群」 に分けられ、日本に来遊するのは西部系群です。
さらに西部系群はコマンダー諸島西側を境に「アジア集団」と「中央集団」に区別されることがあります。
冬期を中心に北海道に来遊するトドは、日本で繁殖することはありません。
6~9月にサハリンや千島列島などで繁殖し、その一部が10月から翌年5月にかけて北海道沿岸に餌を求めてやってくるのです。
冬の北海道の風物詩として上陸場に数千頭のトドが集まっている様子は報道でおなじみですが、まれに青森県の太平洋沿岸にも少数が出現することもあります。
トドが絶滅危惧種となった理由
世界のトドの総個体数は、1985年には約29万頭と推定されていましたが1991年にはわずか9万頭にまで減少し、2000年時点では約8万5千頭と推定されています。
海中で生物をモニタリングし続けることは難しく、トドは行動範囲も広いため詳しい生息数などを把握するのは困難です。
しかし、推定個体数の変化から、トドの生息数が大きく減少したという事実は疑いようもありません。
トドの生息数の減少について、直接的な原因は現段階で明らかにはされていませんが、要因と考えられることについて説明していきます。
餌資源の変化
トドは主に魚類を餌とする肉食獣で、海洋生態系の中ではトップに位置する生物です。
そのため、餌資源である魚類の増減など生息環境に変化が起こると、大きく影響を受けてしまいます。
トドの頭骨などの調査によりサイズの増加が見られ成長量が大きくなるのは、主要な餌生物であるスケトウダラ資源量が多い時です。
また、スケトウダラ資源量が変わらなくても若令の魚の割合が多い時には、トドの体長や体重が減少していることも報告されています。
スケトウダラの増減は海水温によって変化するので、トドは間接的に水温の影響を受けているともいえるのです。
主な繁殖場が点在するベーリング海において、トドの主要な餌であるスケトウダラが乱獲されていることも一因と指摘されています。
また、地球規模の気候変動による海流の変化も無関係ではありません。
餌資源の減少は、複数の要因が絡み合った結果と考えるのが妥当なのでしょう。
漁業との摩擦
トドと漁業活動との摩擦は無視できません。
国内では1960年代にトドによる漁業被害が多発して非常に大きな問題となりました。
北海道では、トドによる漁業被害を防止するために長年駆除を行っていますが、駆除も個体群を縮小させる原因の1つであることが最近の研究で明らかにされています。
日本における生息数については、上陸場調査と航空機調査による確認個体数と、漁業者による目撃情報をもとに推定個体数を算出しており、現在では約6千頭前後とされています。
トドは刺し網にかかったカレイやホッケなどの魚を食べたり、網を食いちぎったりして水揚げ量だけでなく設備にも損害を与えています。
2012年度のトドによる漁業被害額は、2002年度比で約4割増え過去最高の約16億1200万円にのぼり、特に日本海側を中心に深刻化しています。
日本では1990年代以降トドの個体数が回復傾向にあること、漁業被害が深刻化していることを受け、水産庁は絶滅の恐れがない範囲内でトドを減らす方針へと転換しました。
漁業被害防止のために毎年個体数を決めて捕獲を行っており、水産庁の「トド管理基本方針」によると2018~2023年度の計画採捕数の合計は3,095頭です。
カナダでは、主にバンクーバー島地域で養殖業者が合法的に駆除を行っているほか、アラスカでは住民の自給自足の糧として毎年約400頭のトドが捕獲されています。
トドが漁業用の網に絡まってしまう危険もあり、毎年一定数のトドが命を落としているのも事実です。
トドの保護には、漁業との共存など地域住民の生活の保証も考慮していく必要があります。
海洋汚染
漁船・貨物船・タンカーなどの海上交通もトドにとって脅威です。
トドの生息海域で船舶が座礁しディーゼル燃料・潤滑油などが大量に流出した事例や、原油流出事故で多くのトドの上陸場と繁殖地が被害を受けたケースがあります。
北海道周辺のトドから高濃度の防汚塗料トリブチルスズ(TBT)が検出されたことは、トドが少なからず海洋汚染の影響を受けていることを示唆しています。
トドの生息地や生態に悪影響を与えているのは、漁業だけではないのです。
「トド」の保護の取り組み
トドは環境省レッドリスト及びIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで、NT(Near Threatened:準絶滅危惧種)とされています。
IUCNのレッドリストでは2012年まではVU(Vulnerable:危急)でしたが、2012年の見直しにより NT(Near Threatened:準絶滅危惧種)にランクを下げられました。
その根拠は、Vulnerableの要件(3世代間に30%以上の減少)を満たしていないという理由からです。
西部系群に限ると3世代を通じて57%の減少でありEN(Endangered:危機)の要件を満たしますが、西部系群の中でも日本に来遊するアジア集団は個体数が増加しています。
環境省レッドリストにおいても2012年までVU(Vulnerable:危急)でしたが、2012年の見直しにより NT(Near Threatened:準絶滅危惧種)にランクを下げられました。
ランク変更の理由は、2009年度の水産庁調査でおよそ5,800頭が来遊していると推定されること、1990年代以降アジア集団は個体数が増加傾向にあることの2つです。
米国・カナダ・ロシアの3ヵ国では1970年代以来、捕獲の全面禁止などの保護対策がとられています。
米国では1990年代にトドは絶滅危惧種に指定され、商業的な捕獲は行われていません。
ただし、主にアリューシャン列島やプリビロフ諸島では先住民による狩猟の対象となっています。
日本国内において、漁業被害の軽減とトドの保護を両立させるためには、駆除に替わる被害防止対策の開発が課題です。
空砲(花火弾)や実砲(散弾)を威嚇発射する追い払いが実施されていますが、漁網にトドを近づけないための忌避装置(シールスクラム)や網糸を強化した漁網の実用化が期待されます。
トドと漁業の軋轢は、簡単には解決できない困難な問題です。
漁業被害を最小限にするために、トド管理基本方針を策定し捕獲が実施されていますが、西部系群の個体数減少に影響を及ぼさないよう慎重な判断が求められます。
私たちにできること
トドは海の生態系の中で頂点に位置し、北方の海域を代表する大型哺乳類です。
収入の糧が直接被害を受けている漁業者にとって、トドは漁業被害をもたらす厄介者であることは容易に想像できます。
しかし、海の魚は人間だけのものでは無く、漁業者が納得できる漁獲量とトドの共存が可能になるよう願わずにはいられません。
プラスチックによる海洋汚染や地球温暖化などの問題は、私達の生活と無関係とは言い切れません。
日々の生活の中で無理なくできることとして、次のようなことが考えられます。
プラスチックの使用を減らす
ゴミはきちんと分別して処理する
地球温暖化を防止するためにできることを考える
北海道の漁業について関心をもつ
北海道に来遊する時期には、昼間に上陸して休憩しているトドの姿を沿岸から間近に観察することが可能です。
また、国内では現在10か所の施設で飼育されており、生態を実際に見て学ぶことができます。
トドを飼育している動物園は次のとおりですが、最新情報はそれぞれの公式サイトでご確認ください。
トドの生態や生息地について関心をもち情報を得ることが、トドを絶滅の危機から救う第一歩です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。