「マレートラってどんな動物?」
「トラって何種類もいるの?」
トラは日本で野生に生息しませんが、干支の一つとしてなじみ深い動物です。
野生生物としてトラは大変希少で、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでEN(Endangered:絶滅危惧)に掲載されています。
トラはアジアに広く生息しており、マレートラはマレー半島に生息する亜種の1つです。
最後まで読んでいただくと、マレートラの特徴・生態・生息地・保護活動について広く知ることができますので、ぜひご覧ください。
「マレートラ」とは
マレートラはトラの亜種で、英語ではMalayan tigerと表記されます。
以前、マレートラはインドシナトラと同亜種と考えられていましたが、遺伝子調査により2004年に別亜種とされました。
トラは食肉目ネコ科ヒョウ属に分類されるネコ科最大の動物で、アジアに広く分布し生息地によって亜種に分けられています。
20世紀初めには9亜種が確認されていましたが、そのうち4亜種がすでに絶滅し現存するのは5亜種のみです。
絶滅した亜種
バリトラ、カスピトラ、ジャワトラ、アモイトラ
現存する亜種
ベンガルトラ、アムールトラ、インドシナトラ、スマトラトラ、マレートラ
マレートラはマレー半島の熱帯林に生息し、姿を表すことがほとんどなく調査が非常に難しいため、その生態については大部分が謎に包まれています。
「マレートラ」の特徴
マレートラは、オスが体長2.5~2.8m・体重150~195kg、メスが体長2.3~2.5m・体重100~130㎏です。
トラといえば黄褐色の地に黒い縞模様ですが、この縞模様は灌木や森林など茂みに入った時に草木に紛れてカモフラージュになります。
トラは狩りの時に茂みに隠れて獲物に近づく必要があり、獲物である草食獣から姿を隠すために全身の縞模様は好都合なのです。
この縞模様は細部まで見ると一頭ずつ異なるので、調査で個体を識別する時に役立ちます。
マレートラは、色や模様は他の亜種と同様ですが、アムールトラやベンガルトラよりも小さくインドシナトラとよく似た中型のトラです。
「マレートラ」の暮らし
トラは、基本的には単独行動でオスもメスも縄張りをもち、繁殖期だけはペアで行動する姿が見られます。
メスは子どもを育てるために、獲物の量が多い場所を中心に比較的狭い範囲を縄張りとしますが、オスの縄張りはメスの3〜4倍もの広さです。
オスの縄張りは複数のメスの行動範囲と重なっていて、メスに近づける確率を高めています。
マレートラも、マレー半島のジャングルの中に縄張りをもち人目につかずにひっそりと生きているのです。
「マレートラ」の狩り
トラは肉食で主にシカなどの草食獣を食べますが、大型の獲物が獲れない場合はげっ歯類・鳥類・魚類などの小型の動物も餌にします。
獲物を探して常に歩き回り、獲物を見つけると20mくらいの距離まで身を隠しながらそっと近づきます。
トラは長い距離を走るのは苦手なので獲物に十分に近づいてから跳びついて獲物を倒し、鋭い爪でしっかりと押さえ、噛みついて仕留めるのです。
狩りに成功すると仕留めた獲物を茂みの中に引きずっていき、骨と皮だけになるまで何回にも分けて食べます。
トラの狩りの成功率は低く10〜20回に一度くらいですが、年間で必要な量は大型の獲物で50〜60頭という研究結果があり、これは約6日で1頭の割合です。(参考: Karanth et al. 2004, Miller et al. 2013)
「マレートラ」の繁殖
トラの繁殖期はロシアなど北方では冬、インドでは雨期明けですが、熱帯に生息するマレートラの繁殖期は11月から3月までとなっています。
約100日間の妊娠期間の後、メスは1度に1〜6頭の子を産み授乳期間は3〜6か月です。
子育てするのはメスだけで、子ども達は母親の縄張りの中で食べものを与えられ育ち、2年ほどすると徐々に母親の縄張りから離れていきます。
母親の縄張りから独立して自分の行動圏を確保し、3〜4年で成獣になると新たなパートナーを見つけて子孫を残すのです。
「マレートラ」の分布・生息地
マレートラの分布域は、マレー半島の中央部から南部の限られた地域です。
かつてトラはアジアに広く分布していましたが、現在は亜寒帯(中国北部・ロシア)と亜熱帯から熱帯(インド・ベトナム・マレーシア・インドネシア)に分断されています。
生息環境も標高3千m以上の高山から湿地・マングローブ・サバンナまで多様な環境にわたり、体の大きさや体毛などの違いは環境に適応した結果です。
各国それぞれの生息地は相互につながりが無いため、地域ごとにトラが絶滅してしまう危険性が大きな問題となっています。
トラの生息域は100年間で9割以上が失われ、現在マレートラが生息する地域の自然環境も危機的な状況です。
「マレートラ」の生息地
マレートラの生息地はマレー半島の中央部から南部のジャングルで、赤道に近いため一年中気温はほとんど変わらず雨が多く降る熱帯の気候です。
中でも主な生息地であるタマン・ネガラ国立公園は、1億3千年ほど前からある世界最古のジャングルといわれ、高さ50mを超える大木が存在し多くの野生生物が生息しています。
マレートラは多種多様な生物がすむジャングルの中になわばりをもち、十分な餌とねぐらを確保して生息しているのです。
タマン・ネガラ国立公園の他にも数万㎢に及ぶ保護区がありますが、それぞれが孤立化しており開発などによる生息地の喪失が問題となっています。
「マレートラ」の生息数
ジャングルに生息するトラを目視で確認する調査は非常に難しく、個体数の正確な把握は困難ですが、マレートラの個体数は推定で200頭以下です。
全ての亜種を合わせた全世界のトラの生息数は、20世紀はじめに世界で10万頭だったのが、今日では約4千頭前後と推定されています。
トラの生息地は100年間で9割以上、2006年と比べても42%も失われており、それに伴う個体数の減少は疑いようのない事実です。
特にマレートラの主な生息地であるマレーシアを含む東南アジアでの減少が深刻となっています。
「マレートラ」が絶滅危惧種となった理由
全世界のトラの生息数は20世紀初めから約100年で96%も減少し、マレートラも例外ではなく、減少の原因には密猟・ハンティング・生息地の減少などがあげられます。
1975年にはワシントン条約によって国際取引が規制されるようになりましたが、今も密猟が後を絶ちません。
また、人口増加や開発にともなう森林破壊によって生息地の減少は続いています。
マレートラを絶滅へとおいやっている原因の詳細は次のとおりです。
密猟と違法取引
今なお存在する漢方薬としての需要が、トラの密猟の原因となっています。
トラの骨・脳・眼球・尾などはアジア地域で千年以上も前から漢方薬として使われており、
現在もまた高値で取引されています。
トラにとっての最大の脅威は、簡単にしかけられる安価なワイヤー製のくくり罠で、この罠によって野生動物がトラに限らず無差別にかかってしまうことも問題です。
トラが含まれる薬はアジア人が活動する欧米各国にまで広く出回っており、薬の原料を採取することを目的とした密猟が世界中でトラを減少させています。
ハンティング
娯楽であるスポーツハンティングの対象として多くのトラが狩猟の犠牲となり、地位や権力を誇示するために利用されてきたことも事実です。
トラの美しい縞模様の毛皮は魅力的で、ファッションから壁掛けや絨毯などまで、かつては上流階級の人々を中心に多くの需要がありました。
現在、トラの生息国では娯楽のための狩猟は禁止されていますが、法的規制が試行されるまでに犠牲となった数を知る術はありません。
トラは大きくて強く美しい動物だからこそ、手に入れたい特別な獲物となってしまったともいえます。
森林破壊による生息環境の減少
アジアの各地では1940年代からの人口増加で人里が森の奥まで拡大し、開発が進むにつれてトラの生息環境である森林が減少しました。
森林の減少は多くの野生生物とトラの餌の減少につながり、トラは人里の家畜を襲うなど人との軋轢が増え、害獣として殺されることもあります。
また開発によって生息地が分断されると、他の地域との交流ができず限られた中での交配が繰り返されることになり、遺伝的な多様性が失われることも無視できません。
現在残されたトラの生息環境は、人口の少ない地域や管理の行き届いた国立公園など豊かな森林が残る場所に限られています。
十分な餌と安心して休めるねぐら、安定的に繁殖できる生息環境が確保できなければ、トラは将来的に存続できません。
「マレートラ」の保護の取り組み
マレートラは、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでEN(Endangered:絶滅危惧)に掲載された希少種です。
現在の推定個体数は200頭以下であり、何か手をうたなければ近い将来絶滅してしまう恐れがあります。
マレートラは他の亜種とは異なる進化の歴史と遺伝子をもち、亜種として保護していくことが必要です。
マレートラを絶滅の危機から救うたえの取り組みをご紹介していきます。
商業取引の禁止
希少種保護の国際的な取り決めである「ワシントン条約」(絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)で、マレートラを含むトラは付属書Iに掲載されています。
よって、商業目的のための国際取引は全面的に禁止、学術目的の取引には輸出入国双方の政府が発行する許可証が必要です。
1993年に中国から日本へのトラの骨を含む医薬品の輸出は禁止されましたが、その後も日本国内では小売業者が在庫を売ることが認められていました。
しかし、流通する商品の中には1993年の輸入禁止後も、中国から日本にトラの骨が持ち込まれている可能性があることが調査により明らかになっています。
さらに、観光客がアジア各国でトラの骨を購入し手荷物として日本に持ち込むことも多く、ワシントン条約による禁止にも関わらず国内では取り締まりが不十分だったのです。
そこでNGOが中心となって日本政府に働きかけた結果、2000年4月に「種の保存法」が改正されトラを使用している医薬品の国内での製造・販売が全面的に禁止されました。
密猟対策
WWF(世界自然保護基金)が支援し結成された地域住民を含むパトロール隊が、密猟防止のために森林を見回り「くくり罠」を回収しています。
「くくり罠」は安価で簡単にしかけられる金属ワイヤー製の罠で、森林の野生生物を無差別に捕獲するためトラ以外の生きものにとっても脅威となっていました。
これまでのパトロール隊の取り組みの結果、2017年以降の罠の数はそれ以前に比べて94%減少していることは注目に値します。
密猟を防ぐためにNGOと地域住民とが協力し継続してきた地道な取り組みが、成果を上げているのです。
マレーシアのトラ保護計画
1998年にマレーシアはトラ保護計画を発表し、国としてトラ保護計画を立案した先駆けとなりました。
政府機関であるマレーシア野生生物国立公園局・Wildlife Conservation Society(WCS)・フロリダ大学・WWFがこの計画を支援しています。
この計画により、目視確認が難しい密林に生息するマレートラの生息調査を可能にするため、3つの州の森林6か所を対象にセンサーカメラを設置しました。
カメラの設置には、WWFがトラ保護のために日本で集めた寄付金も活用されています。
また、トラが生息する森林の地域住民を対象に、人との軋轢を解消する地域社会のモデル作りも実施されました。
マレートラの保護計画が確実に実行され、成果を上げていくことが今後期待されます。
森林再生とコリドーの創出
現状のトラの保護区を拡大することは人間の生活圏が隣接しているために困難ですが、保護区と保護区・生息地と生息地をコリドー(緑地の回廊)でつなぐことは可能です。
生息地の森が分断されて小さくなり生息できる個体数が少ないと、近親交配による遺伝子の劣化が起きます。
森林再生によってコリドーを作り生息地同士をつなげ、トラが行き来できるようになることで繁殖率の低下を防ぎ、将来的に個体数の安定につながるのです。
トラを保護するためには、餌となる野生動物が生息できる森林の面積と豊かな環境とを守らねばならず、森林再生は最も重要な手段といえます。
地域住民の理解と協力
トラの生息地周辺に住み、先祖の代から地域の資源を利用してきた住民たちの理解と協力を得るとともに、要望を取り入れていくことは大変重要です。
地域住民への配慮無しには、トラと人間との軋轢は解決せず、トラは厄介者扱いされ生息地は違法伐採などによりさらに狭められてしまいます。
1998年から3年間、マレーシア野生生物国立公園局とWWFが協力して「マレー半島に生息するインドシナトラのための普及教育プログラム」が展開されました。
この取り組みは、学生・猟師・牧場主・プランテーション経営者など多様な人々を対象にして、人とトラの軋轢を解消できる地域社会モデルを作ることを目指したものです。
また、トラの生息地の環境破壊を防ぐには、環境教育を通して地域住民に持続可能な農業や森林管理の手法を伝えることが欠かせません。
さらに地域外に向け、トラの生息地の豊かな自然環境を体感できるエコツアーを提供し関心を高めると同時に、地域住民や保護の取り組みへと収益を還元する試みが始まっています。
トラの生息地周辺の地域住民の生活の質を上げ持続可能にしていくことも、トラの保護にとって不可欠な要素なのです。
私たちにできること
トラが希少種であることを知り、取引きが法的に禁止されていることを知っていればトラが入った医薬品を安易に購入することはないはずです。
トラを原料とした薬の需要がある限り、トラの密猟を根絶することは難しいでしょう。
日本はかつて、トラを使用した医薬品を輸入し消費する世界最大の市場でした。
私達は消費者として、購入する商品が何を元にしてどのように作られた物なのか関心をもつことが大切です。
タマン・ネガラ国立公園周辺のジャングルでは密猟防止のためのパトロールを行うジャングルツアーの参加者を募集しています。
マレーシアの首都クアラルンプールから車で4時間半でアクセス可能であり、楽しみながら保護活動に参加してみるのもおすすめです。
マレートラのことを知ることも、マレートラを守るための一歩といえます。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。